研究内容
未来の「超スマート社会」では、クラウドやデータセンターにおける情報処理量が爆発的に増加すると予測されています。このような巨大な負荷に対応するため、高速かつ超低消費電力で動作する革新的な情報処理・コンピューティング技術の開発が急務となっています。
その有望な候補技術のひとつが、スピントロニクス(下の図解)です。これは、従来のエレクトロニクスが電子の電荷と電気的性質に依存してきたのに対し、電子のスピン(磁気的性質)を同時に活用する新しいエレクトロニクスです。スピントロニクスにより、高速・省電力はもちろん、従来実現が難しかった多機能なデバイスや高性能な情報処理が可能になると期待されています。
千葉研究室では、このスピントロニクスを基盤とし、次世代のコンピューティング技術(例:量子コンピュータやAIデバイス)の基礎となる物理現象やデバイスの研究に取り組んでいます。数値シミュレーションと物理モデリングを駆使し、磁性体、トポロジカル物質、量子情報、カオス現象など、さまざまな先端物理現象の解明と情報処理技術への応用を追求しています。私たちの研究活動を通じて、超スマート社会の実現に向けた新しい情報処理・コンピューティング技術の確立に貢献していきたいと考えています。

千葉研究室では、スピントロニクスを軸にして、以下4つの研究テーマを推進しています。
① 第一原理バンド計算に基づくトポロジカル物質の設計
トポロジカル物質とは、トポロジーと呼ばれる数学(位相幾何学)の概念を物理学や化学に応用することで物性(電気・熱・光などの性質)が理解される物質であり、近年、世界中の科学者から大きな注目を集めています。2016年のノーベル物理学賞は、トポロジカル物質の発見への先駆けとなる発見をした3人の理論物理学者に授与されました。特に、トポロジカル絶縁体は、物質内部は絶縁体(半導体的)ですが、表面はバンド構造のトポロジーによって保護されており、高速かつ低散逸で電気を流すことができます(下の図解)。さらに注目すべき特性として、表面に電気を流すことでスピンが生じるスピン運動量ロッキングと呼ばれる性質があります。そのため、次世代のスピントロニクス材料としても期待されています。
千葉研究室では、シリコン(Si)などの一般的な半導体と同じダイヤモンド構造をもつアルファ–スズ(α-Sn)に着目して研究を行っています。α-Snにはトポロジカル物質としての特性だけでなく、シンプルかつ環境に優しいという長所があります。これまでに東京大学Le Duc Anh研究室と共同で、世界最高品質のα-Sn薄膜をIII-V族半導体InSb基板上に結晶成長させることに成功し、第一原理バンド計算と呼ばれる計算機シミュレーションに基づいてα-Sn薄膜の多彩なトポロジカル物性を世界で初めて明らかにしました[1]。最近では、α-Snのスピントロニクス応用として、典型的な磁性体であるFeとの接合膜を作製し、スピン伝導現象[2,3]やトポロジカル相転移[4]の研究を行っています。

関連論文
[1] L. D. Anh, K. Takase, T. Chiba, Y. Kota, K. Takiguchi, and M. Tanaka, “Elemental Topological Dirac Semimetal α-Sn with High Quantum Mobility”, Adv. Mater. 33, 2104645 (2021).
[2] T. Hotta, L. D. Anh, T. Chiba, Y. Kota, and M. Tanaka, “Giant odd-parity magnetoresistance from proximity-induced topological states”, arXiv:2507.23166.
[3] M. Ishida, S. Fukuoka, T. Chiba, Y. Kota, M. Tanaka, and L. D. Anh, “Giant Spin-to-Charge Conversion by Tailoring Magnetically Proximitized Topological Dirac Semimetal”, arXiv:2507.17639.
[4] S. Fukuoka, L. D. Anh, M. Ishida, T. Hotta, T. Chiba, Y. Kota, and M. Tanaka, “Topological surface states induced by the magnetic proximity effect”, arXiv:2505.07250.
② 電圧制御スピントロニクスデバイス
磁気情報の操作では磁場や電流をベースとしたものが主流ですが、最近は低消費電力化の観点から磁気物性の電圧制御に大きな注目が集まっています[1]。中でも電圧印加により磁気情報の操作を行う電圧駆動磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)の開発が精力的に行われています。電圧駆動MRAMにおける磁化反転の原理には、デバイスを構成する磁性体の磁気異方性(磁石の極性が特定の方向を向く性質)を電圧により変調させる電圧制御磁気異方性効果を利用します。この原理は磁化反転に電流を必要としないことから、ジュール熱によるエネルギー損失を大幅に低減できると期待されています。一方で、現状では電圧印加による磁気異方性の変調幅が十分ではなく、また、磁化ダンピングにより磁化の歳差運動が減衰してしまうことから、熱擾乱等に起因して磁気書き込みのエラー率が大きくなってしまうという問題があります。
上記の問題を動機として、千葉研究室では、近年物質科学の分野において大きな注目を集めるトポロジカル絶縁体を活用した新たな磁気物性の電圧制御を理論的に研究しています。トポロジカル絶縁体では、スピン運動量ロッキングと呼ばれる性質から効率的な電荷-スピンの相互変換が可能です。そこで、磁性体とトポロジカル絶縁体の接合界面に形成される二次元電子系を活用することによって、電圧印加により界面状態に由来した垂直磁気異方性のスイッチィング[2]と磁化ダンピングのオーダー変調[3]が可能になることを物理モデリングに基づいて示しました。さらに、それらをスピントロニクスに応用した磁化反転手法[2,4]について提案しています(下の図解)。詳細に関しては、こちらの解説をご覧ください。

関連論文
[1] K. Takiguchi, L. D. Anh, T. Chiba, T. Koyama, D. Chiba, and M. Tanaka, “Giant gate-controlled proximity magnetoresistance in semiconductor-based ferromagnetic–non-magnetic bilayers”, Nat. Phys. 15, 1134 (2019).
[2] T. Chiba and T. Komine, “Voltage-driven magnetization switching via Dirac magnetic anisotropy and spin-orbit torque in topological-insulator-based magnetic heterostructures”, Phys. Rev. Appl. 14, 034031 (2020).
[3] T. Chiba, A. O. Leon, and T. Komine, “Voltage-control of damping constant in magnetic-insulator/topological-insulator bilayers”, Appl. Phys. Lett. 118, 252402 (2021).
[4] T. Komine and T. Chiba, “Numerical analysis of voltage-controlled magnetization switching operation in magnetic-topological-insulator-based devices”, Appl. Phys. Lett. 123, 102404 (2023).
③ スピントロニクスにおける量子情報資源の開拓
量子情報技術は、量子力学特有の性質である重ね合わせや量子もつれを利用して、従来の電子デバイスでは実現できない高速計算や高精度センシングを目指す技術です。現在は主に超伝導回路やイオントラップなどが研究されていますが、室温動作やデバイス集積の観点から、新しい量子情報プラットフォームの探索が重要な課題となっています。このような背景のもとで注目されているのが、スピントロニクスと量子情報を結びつける共振器マグノニクスです。共振器マグノニクスでは、磁性体中の磁化の集団運動(マグノン)と、マイクロ波共振器内の電磁波(光子)を結合させることで、量子状態の生成や制御を目指します。これは、電気回路で学ぶLC共振回路と磁性体の物理が、量子情報技術へと発展する例の一つと捉えることができます。これまでの研究では、マグノンとマイクロ波の結合が「十分に強い」状態(強結合領域)が主に調べられてきました。
千葉研究室では、結合の強さがマグノンやマイクロ波そのものの固有周波数と同じくらい、あるいはそれ以上になる超強結合や深強結合と呼ばれる領域に注目して共振器マグノニクスの研究を推進しています[1,2]。鉄芯コイルを含む有効的なLC共振回路(下の図解)において、マグノンとマイクロ波光子の結合が深強結合になると、異常な周波数シフトが起こることを見出しました[3]。これは、単なるエネルギーのやり取りでは説明できず、量子力学特有の効果が現れていることを意味します。この効果によって、真空状態であってもマグノンと光子が同時に現れ、量子的にもつれた状態が生じます。重要な点は、この「もつれ」の強さや真空の量子揺らぎが、実験で観測可能な周波数シフトと直接関係していることを明らかにした点です。つまり、難しい量子測定を行わなくても、強磁性共鳴の測定から量子情報的な性質を評価できる可能性が示されました。さらに、千葉研究室では超強結合を活用したメーザー(マイクロ波版のレーザー)の研究も行っています[4]。詳細に関しては、こちらの記事をご覧ください。

関連論文
[1] T. Chiba, T. Komine, and T. Aono, “Ultrastrong-coupled magnon–polariton in a dynamical inductor based on magnetic-insulator/topological-insulator bilayers”, Appl. Phys. Lett. 124, 012402 (2024).
[2] K. Mita, T. Chiba, T. Kodama, T. Ueda, T. Nakanishi, K. Sawada, S. Tomita, “Ultrastrongly coupled and directionally nonreciprocal magnon polaritons in magnetochiral metamolecules”, Phys. Rev. Appl. 23, L011004 (2025).
[3] T. Chiba, R. Suzuki, T. Otaki, and H. Matsueda, “Circuit-based cavity magnonics in the ultrasrtong and deep-strong coupling regimes”, Phys. Rev. B 112, 174403 (2025).
[4] R. Suzuki, T. Chiba, and H. Matsueda, “Gain-driven magnon-polariton dynamics in the ultrastrong coupling regime: Effective circuit approach for coherence versus nonlinearity”, Phys. Rev. B 113, 024412 (2026).
④ スピントロニクスAIデバイスにおけるカオス制御
近年、カオスと呼ばれる非線形現象が、情報処理やニューラルネットワークの分野で注目されています。カオスは、運動方程式自体は決定論的であるにもかかわらず、わずかな初期条件の違いによって全く異なる時間発展を示す現象です。この「予測しにくさ」や「多様な応答」は、従来のデジタル回路とは異なる情報処理機能を実現する手段として期待されています。スピントロニクスの分野でも、磁性体の磁化ダイナミクス(スピンの運動)が本質的に非線形であることから、カオス的挙動を利用した新しい機能デバイスの研究が進められています。しかし、実際の磁気デバイスでは多くの要因が同時に作用するため、「なぜカオスが発生するのか」「どうすれば制御できるのか」を理論的に理解することが難しいという課題がありました。
千葉研究室では、磁化ダイナミクスにおけるカオス発生を普遍的に理解するため、力学系理論の代表的モデルであるダフィング振動子に着想を得た磁気ダフィング振動子を提案しました[1]。一軸磁気異方性を持つ磁性体に対して垂直方向に外部磁場を加えることで、磁化エネルギーが二重井戸型ポテンシャルを形成し、位相空間にカオス発生の鍵となるホモクリニック軌道が現れることを示しました[1,2]。さらに、エルステッド磁場やスピン軌道トルクによる周期的外力を加えた数値解析により、磁化が実際にカオス的挙動を示すことを確認しました。加えて、外部磁場を調整することでホモクリニック軌道の存在や形状を変化させ、カオスの発生を制御できることを明らかにしました。さらに、この磁気ダフィング振動子の原理をスピントロニクスデバイスに応用することで電流によるカオス制御の研究も行っています[3,4]。詳細に関しては、こちらの記事をご覧ください。

関連論文
[1] R. Tatsumi, T. Chiba, T. Komine, and H. Matsueda, “Chaotic magnetization dynamics in magnetic Duffing oscillator”, Phys. Rev. E 111, 064202 (2025).
[2] T. Chiba, “Effects of magnonic Kerr nonlinearity on magnon-polaritons with a soft-mode”, AIP Adv. in press.
[3] R. Tatsumi, S. Miwa, H. Matsueda, and T. Chiba, “Current-control of chaos and effects of thermal fluctuations in magnetic tunnel junctions”, to be submitted.
[4] K. Horizumi, T. Chiba, and T. Komine, “Chaotic Vortex Dynamics in Circular Magnetic Nanodisk with Double Disk Structure Induced by AC Magnetic Field”, J Magn. Soc. Jpn. 49, 42-46 (2025).
研究設備(計算資源)
第一原理バンド計算やマイクロマグネテックシミュレーションに必須の高性能ワークステーションを複数用意しています。また、VASPやCOMSOLなどのソフトウェアライセンスも複数所有しています。

研究環境その他
研究室の窓からは、奥羽山脈や朝日山地を背景に米沢市内を見渡すことができます。ふとした時にシミュレーションで疲れた目を癒すことができます。
